日刊フォーエバーヤング

童心忘れるべからず。

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「いじめられてるなら逃げればいい。」が言えない大人ならば子供を見る資格なし

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どうも、こんにちは。

今日の題材は「いじめ」について。

重めのテーマですが、いつかは切り込んで見たいと思っていまして。

 

昨今、いじめやパワハラを苦にした自死が頻繁に報道され心を痛めております。

他人事とは思えないのですよね。

何故ならば、私もいじめ被害経験者なのです。いじめサバイバー。

 

今回は、いつにも増して真面目に書きます。

 

 

いじめはなくならない

いじめを子供がする いたずら や からかいあい だと軽視する大人が多すぎます。

 

いじめは常に存在していると思うべき

いじめに気づかない大人は得てして、いじめに無縁であったかいじめの加害者でいたことが多いです。いじめ被害経験者は、否応無しにいじめに対するアンテナ精度が磨かれるが、それ以外の人間は他人が傷付いていることに意外なほど鈍感。

よくいじめ報道で教員が「いじめだとは思わなかった。」、「生徒同士のただの喧嘩だと思っていた。」と言うが、子供同士の同士の争いを甘く見過ぎていると思わざるを得ません。

 

子供であっても、集団である以上カーストは生まれ、底辺と判断された者は迫害されます。

これはどうしようもない動物の性質なのです。いくら「仲良くしましょう。」、「人に優しくしましょう。」と教師が啓発したところで、いじめは絶対に無くならないのです。

 

ごく稀に、いじめのない仲良しクラスは存在するが、それは本当に希少なケースだと認識するべきです。

多くの集団は、必ずいじめやいじめ予備軍が存在します。

よく考えて見てください。あなたがこれまでに属した集団で、人間関係に問題が生じたことのない集団はあったでしょうか?おそらく多かれ少なかれ人間関係のトラブルが存在していたはず。

大人になってからのトラブルならば、たとえあなたが巻き込まれても、その集団から抜けて他の平和な環境へ逃げれば済んでしまう。とういか、そもそも集団に入るときに、ここは自分に合っているか否かを判断しているはずです。

しかし、選択肢がなく否応無しに教室という集団に詰め込まれる生徒は、集団を選択する自由も集団から逃げる自由もない。個人間の相性を無視された状態で集められた集団で、トラブルが起きない方がおかしいのです。

 

子供を甘く見すぎている

「子供なんだからすぐ仲直りするでしょ。」、「子供だし一日寝れば変わるわよ。」とか悠長なことを言う大人が多い。

 

でも、よく考えてほしい。あなたが子供の時、あなたはそんなに単純な生物でしたか?

子供って大人が想像するよりも遥かに様々なことを考え吸収し、複雑な感情を持っています。あなただって、大人は何も分かってないって思ったことはありませんか?

大人になるとこう言う感情があったことを忘れてしまい、いつしか自分がかの“分かってくれない大人”になってしまう。子供は大人が思うほど馬鹿ではないことを身を以て経験してきているのに、大人になると忘れてしまい、子供を見くびるようになってしまうんですね。

 

こう言う怠慢さが、いじめ発見の遅れや、いじめ被害者のメンタルダメージの深刻さを見逃すことにつながります。

子供は大人を出し抜くために尋常ではないエネルギーを使います。それゆえ、いじめはより巧妙になり表面化しづらくなります。

 

いじめ被害者のメンタルダメージを軽視してしまうことも絶対してはいけないと思います。子供だからすぐ切り替わるだろうなんて思わないことです。

これは、私も中学時代にいじめを経験しましたが、意を決していじめられていることを担任と父に告白したとき、どちらも「毅然としていれば、いじめられなくなる。学校は休むな。」と言いました。

これ、死刑宣告ですからね。

 

「逃げればいい。」が言えない大人は子供を見るな

いじめから逃げるのは弱い人間では決してありません。

それは被害者も周りの大人も持つべきマインドです。

 

死刑宣告をする大人たち

前述しましたが、いじめの告白を受けてなお、子供に登校をさせようとする大人は残酷無比であることを自覚した方が良いです。

いじめを受けている子供は、クラスメイトに毎日手酷い仕打ちを受けながら、それでも毎朝親に心配させまいと何食わぬ顔で登校し、誰かに相談したくても仕返しが恐ろしくて何もできずに罪なき罰を受け続けているのです。

そして、とうとうこれ以上我慢していたら自分の精神が死んでしまうと思った時、プライドを捨て、「チクった」と仕返しされるかもしれないリスクを負って、満を辞して大人に助けを求めのです。

そして、この最悪のループから救ってくれると期待された最後の砦である大人は、子供にこう言います。

「毅然としていれば、いじめられなくなる。学校は休むな。」

最悪の助言ですね。この一言が、最悪の結果の引き金になってもおかしくありません。

 

大人に相談をしてきた時は既に末期だと思うべし

いじめの相談を大人に持ちかけるのは、子供にとって物凄く難しいことです。

このことを理解していない大人が何と多いことか。

特に、教師に相談を持ちかけることは、子供の精神状態が本当の末期状態だと考えた方が良いです。

教師に言うことで次に何が起こるかなんて、子供は容易に想像できます。

いじめ容疑者やその周囲への事実確認です。事実であれば容疑者はいじめ加害者となり、学校から何らかの罰を受けるでしょう。

そうなったらどうなるか。これまで非道な行いを繰り返してきた加害者が、学校からの懲罰で改心するわけがないと考えるのが普通なので、さらなる仕返し(いじめ)をしてくることが想像できます。先生に言われていじめがなくなるなら、もっと早い段階で相談しています。

はい。では、そんなリスクを背負いながら、なぜ子供はいじめの告白を教師にしてくるのか。答えは一つです。

もう限界で今の地獄から逃げて良いか許可を得たいのです。

「辛かったね。教室には来なくて良いよ。」と言って欲しいのです。

 

教職員の立場からしたら、自身の勤務評定に傷が付いてしまうかもしれない判断です。

ですが、あなたは出世するために教師になったのですか?教師ならば正しいことをして欲しいです、とあの時の担任に言いたい。

 

もう一つ、相談された時には、悲しいですが生徒の精神はほぼほぼ死んでしまっています。私自身そうですが、今後の人生に多大な影響を与えるほどダメージを受けています。

ですので、その状態になるまで気付けなかった大人は、悔いて欲しいです。子供の異変を見抜けなかった自分を責めて欲しいです。

 

 

いじめから逃げたその後

いじめられなくなってからが本当の戦いだと思っています。

私は、担任にも父にも

 

教室に行かないと内定に響くか?

私の場合中学校ですが、登校拒否ではなく、別教室(いわゆる保健室登校のようなもの)に登校することによって出席日数は保たれました。

テストもその教室で受けることができましたし、問題なく卒業することができました。

平常点や実技評価などその他の評価点を付けることができないので下がると思いますが、学校によっては色々と配慮してくれているところもあるようです。

 

気が気でない環境の教室で勉強するよりも、別教室で自分のペースで勉強できたので、高校受験では凄まじい高得点を叩き出し志望校に難なく合格しました。5科目中2科目で満点。

そう言う意味では、別教室登校になって良かったのかもしれません。

 

高校の場合、科目毎の出席チェックが厳しいので、なかなか義務教育時のような対応は難しいかもしれません。それ故に、親や将来のことを考えていじめ被害を切り出せない子達も多いと思います。

ただ、私の通っていた高校には精神疾患により保健室登校をしている子がいましたが、一緒に卒業することができました。学校によって対応の仕方がまちまちのようです。

 

本当に子供の将来を考えるのであれば、はっきり言って環境の悪い高校に通わせるくらいなら退学・転校させる方がマシです。大学進学や高卒の学歴が欲しいのなら、いくらでも道はあります。

 

心に落とす影の大きさ

いじめの過酷な環境から離れて晴れて平和を取り戻したと安堵してしまう大人もいますが、本当はこれからが戦いです。

私の場合、別教室で勉強できて、進学も問題なくできたとしても、“いじめが終わった”わけではありません。

いじめの影は、これからもずっと被害者の心に同居し続けます。対応が遅ければ遅いほどその影は大きくコントロールできないものになります。

 

私自身、中学時代のいじめのせいで、しばらくのあいだ対人関係に不安がありました。周りから見れば問題ないようだったみたいですが、私は、「いつこの人に嫌われるかわからない」と言う不安を抱えながら過ごしていました。今でも対人関係において慎重になりすぎるところがあります。

 

そして、私にいじめをしてきた人たちに対して。

いつまでも許せずにいます。正直、人並みの幸せすら手に入れず不幸になって欲しいと今でも思っています。

大人になった今でも、あの時の怒りに取り憑かれています。

私は、この怒りが「社会的に成功してあいつらを見返してやる」という方向に動きました。怒りに取り憑かれてしまったことは不本意だと思いますが、自身を向上させるベクトルにエネルギーが傾いたことは幸運だと思います。いじめから救ってくれなかった大人に対しても許せない気持ちがありますが、「私は子供を救える大人になるんだ。」という方向に持っていくことができました。

 

しかし、中にはいじめられたことへの怒りから、歪んだ欲求や行動に傾いてしまう人もいると思います。

いじめられたことへで生じる負の感情は止めることはできません。

しかし、その感情をなるべく小さくするために早めにいじめから救い出すことや、専門的なケアを受けさせることは大人の努力でできることだと思います。

 

まとめ

いじめは、人間社会が存続する限り生じ続ける永遠のテーマだと思います。

教師においては、常にいじめ(予備軍)は存在しているという心構え。親においては、何かあれば受け入れてくれるという安心感を子供に持たせることが必要だと思います。

 

そして、いじめは命に関わる重大な問題と認識し、子供のSOSをしっかり受け止め、子供を安全な場所へ逃がしてあげることが大事でしょう。